8月4日に、株式会社ビザスク主催のオンラインセミナーで講演しました。
講演タイトルは、「元日立・Lumada立ち上げ推進者に学ぶ、新規事業を『全社の看板事業』に育てるコミュニケーション戦略 ― 社内外を巻き込む事業戦略とブランディング ―」です。
講演シナリオを構想しながら、あらためて考えたことがあります。
それは、なぜ日立は復活できたのかという問いです。
少し前の記事ですが、2023年8月20日の日経電子版、翌21日朝刊に、西條都夫上級論説委員による「日立はなぜ復活したか 事業の売り買い、忌避せず」という記事が掲載されていました。この記事では、日立復活の要因として、規模の拡大を追うのではなく、かつてはタブー視されていた事業の売却や買収を積極的に進め、事業ポートフォリオの質を高めてきた点が指摘されています。
つまり、オーガニックな成長だけにこだわらず、M&Aも活用しながら事業構造を大胆に入れ替えたことが、日立の復活を支えたという見方です。https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD1715H0X10C23A8000000/
この指摘は非常に重要です。
実際、日立は長年にわたり幅広い事業を抱える総合電機メーカーでしたが、リーマンショック後の経営危機を経て、事業ポートフォリオの見直しを本格的に進めました。その結果、単なる規模の拡大ではなく、収益性や成長性、戦略適合性を重視する経営へと大きく舵を切りました。
ただし、これを単純に、「事業を売り買いすれば会社は強くなる」と理解するのは少し危険です。たとえば、米国メジャーリーグの球団のように、有力選手を次々に獲得すればチームが強くなる、というほど単純な話ではありません。企業のM&Aも同じです。資金力だけで優良企業を買収しても、それだけでは企業価値は高まりません。むしろ、買収後に事業の方向性が合わなければ、組織も人材も十分に活かせず、期待したシナジーは生まれません。
日立の場合に重要だったのは、M&Aの前提として、グループ全体が共有する明確な事業ビジョンがあったことだと思います。それが、社会イノベーション事業です。日立は、単に製品やシステムを売る会社ではなく、IT、OT、プロダクトを組み合わせ、社会や産業のインフラを変革する会社になるという方向性を打ち出しました。
そして、そのビジョンを実現するための中核的なデジタル基盤として位置づけられたのが、Lumadaです。Lumadaは、2016年にIoTプラットフォームとしてローンチされました。技術的には、データを収集・分析・活用するためのデジタル基盤です。しかし、Lumadaの意味は、単なる技術的な「仕組み」にとどまりませんでした。日立の各事業部門が持つOT、IT、プロダクト、業種知識、顧客接点をデータでつなぎ、顧客とともに新しい価値を創造する「仕掛け」として意味づけられていったのです。
ここに、日立復活を考えるうえでの重要なポイントがあります。日立は、ただ事業を入れ替えたのではありません。社会イノベーション事業というビジョンを掲げ、そのビジョンを実現するための共通言語としてLumadaを育てました。だからこそ、世界の良質な事業や人材、パートナーが日立の成長ストーリーに参画しやすくなったのだと思います。
では、なぜ日立では、この新しい事業ビジョンを実現できたのでしょうか。その答えの一つが、今回のセミナーでお話ししたブランドコミュニケーションの力です。新しい事業ビジョンは、経営が掲げただけでは動きません。経営計画に書かれただけでは、社員も、事業部門も、顧客も、投資家も動きません。重要なのは、そのビジョンが自分たちにとって何を意味するのかを理解し、共感し、行動に移せる状態をつくることです。
Lumadaも、単に「IoTプラットフォームです」と説明しているだけでは、全社の看板事業には育たなかったはずです。各事業部門から見れば、それはデジタル部門の新しい製品や技術基盤に見えたかもしれません。既存事業にとって、自分たちの顧客や製品、営業活動とどう関係するのかが見えなければ、全社の資源は動きません。
そこで必要だったのが、Lumadaの意味を翻訳することでした。技術としてのLumadaを、顧客の経営課題を解決する価値創造基盤として語る。デジタル部門の新製品ではなく、各事業部門が自分たちの既存事業を拡張し、顧客価値を高めるための武器として語る。
そして、日立が製品を売る会社から、データとデジタルで社会や産業の課題を解決する会社へ変わることを象徴するブランドとして語る。このように意味づけを変えることで、Lumadaは単なる技術ブランドではなく、日立の変革を説明する共通言語になっていきました。
ブランドコミュニケーションの役割は、ここにあります。それは、完成した戦略を後からきれいに発信することではありません。
事業に込められた意味を整理し、経営、事業部門、社員、顧客、投資家、それぞれに伝わる言葉へ翻訳し、全社の理解・共感・行動を生み出すことです。
日立の復活は、事業ポートフォリオ改革やM&Aだけで説明できるものではありません。もちろん、それらは極めて重要な経営判断でした。しかし、その背景には、社会イノベーション事業というビジョンがあり、Lumadaという共通言語があり、それを社内外に浸透させるブランドコミュニケーションがありました。つまり、日立は事業を入れ替えただけではなく、自分たちは何の会社なのかを再定義したのだと思います。そして、その再定義を社内外に伝え、全社の資源と行動を動かしたことが、日立復活の本質の一つではないでしょうか。
今回のセミナーで最後にお伝えしたメッセージは、次の一文でした。
コミュニケーションは、完成した戦略を伝える後工程ではない。
事業の意味を共有し、全社の資源と行動を動かす経営機能である。
日立の復活を振り返ると、この言葉の重みをあらためて感じます。新規事業を全社の看板事業に育てるには、優れた技術や事業計画だけでは不十分です。その事業が、顧客にとって、社員にとって、会社の未来にとって何を意味するのかを語り続けること。
そして、その意味を共有し、組織の行動に変えていくこと。そこに、ブランドコミュニケーションが経営機能として果たすべき役割があるのだと思います。